【パナソニックの由来・意味】松下幸之助とパナ100年史

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こんにちは。由来系ライターのSAITOです。

 

今回のテーマは「パナソニック」の社名の由来と会社のルーツです。

 

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パナソニックの由来

 

「パナソニック(Panasonic)」は次の2つの英語由来の造語です。

 

  • pan-(「全~」「総~」「汎~」という意味の接頭辞)
  • sonic(音、音速)

 

元々は1955年(昭和30年)に松下電器製の輸出スピーカーに使われたロゴで「松下電器(旧社名)の音を広く世界へ」という意味を込められています。

 

パナソニック100年史

 

パナソニック100年史を見ていきましょう。

 

松下幸之助、誕生

 

創業者である松下幸之助は、1894年(明治27年)11月27日に現在の和歌山県和歌山市禰宜(ねぎ)で生まれました。

 

4歳の頃、父親が米の取引に失敗し、一家は貧困生活を余儀なくされます。その後、幸之助は9歳で大阪の「宮田火鉢店」や「五代自転車商会」に丁稚奉公(でっちぼうこう/アルバイト)に出ることになりました。

 

「ソケット」で独立を決意?

 

幸之助は大変仕事熱心であり、丁稚奉公の経験を生かして様々なことを学びました。当時、大阪では市電が開通したばかりで「電気」に将来性を見出して15歳で「大阪電灯」に入社します。

 

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20歳で一歳下の井植むめのと結婚しました。

 

大阪電灯入社後も真面目に働き、22歳で昇進を果たすとソケットの改良に取り組みます。しかし、上司にソケットの出来を酷評され、独立を決意、1917年(大正6年)に現在の大阪市東成区にあった借家でソケットの製造・販売を開始しました。

 

扇風機に救われる

 

残念ながら苦心の成果は実らず、ソケットは売れなかったとされます。窮地を救ったのが扇風機を支える下の盤(碍盤/がいばん)の製造です。

 

当時の碍盤は壊れやすかったため、扇風機を手がける川北電気がそれを改良して欲しいと幸之助のもとを訪ねてきました。試作品は追加で発注の依頼を受けるほど好評であり、会社は幸いにも窮地を脱します。

 

その後、配線器具の製作を本格化させ、翌年の1918年(大正7年)、「松下電気器具製作所」を設立しました。

 

当時の借家では手狭であったため、大阪市福島区の2階建の借家に移ります。従業員は松下幸之助と妻のむめの、妻の弟(義弟)の井植歳男の3人だけでした。

 

「プラグ」が当たり、従業員が増えた

 

幸之助は幼い頃に見た大阪の市電で感じた「電気」に将来性を忘れていませんでした。毎晩、新しい配線器具のアイディアを練り、ついに「アタッチメントプラグ」「2灯用差し込みプラグ」を製作・販売します。

 

品質が高いのにもかかわらず、他のプラグよりも安かったため、評判を呼びよく売れたとされます。こうして松下電気器具製作所の従業員は増え、徐々に販路が拡大して成長していきます。

 

不況なのに成長したワケ

 

第一次世界大戦が終わり、1920年(大正9年)頃に戦後恐慌が起こり、日本は暗い不況の時代を迎えます。労働者たちは自らの不遇に反抗し、労働運動は激化しました。

 

このような背景があって、社員全員が一丸となる重要性に気づきますそこで総従業員数28名による「歩一会(ほういちかい)」を結成し、従業員同士のレクリエーション活動、文化活動などを行い、親睦を深めました。

 

不況ではありましたが、松下電気器具製作所は大きな成長を見せ、配線器具の販売も好調でした。当時の工場では手狭になってしまい、隣家も借りますがスペースが足りず、工場を新設することになります。

 

本社と工場は、1922年(大正11年)に完成、不況のさなか、販売はさらに増加し、年末には従業員も50人に増えます。ここまでは創業からたったの4年間での出来事です。

 

「ナショナル(national)」誕生

 

「ナショナル」というブランド名は1927年(昭和2年)、自転車用ライト「ナショナルランプ」を発売した際に生まれました。「国民の必需品に鳴って欲しい」という願いが込められているとされます。

 

「松下電工」の誕生と躍進

 

1945年(昭和20年)に松下電工に社名変更、その後、第2次世界大戦の混乱も無事に乗り越え、1952年(昭和27年)にオランダのフィリップス社と技術提携し、アジア圏、アメリカ、ヨーロッパ圏などに積極的に海外展開を行います。

 

1961年(昭和36年)には、娘婿である松下正治が2代目社長に就任し、幸之助は会長になりました。

 

1977年(昭和52年)には3代目社長に山下俊彦が就任します。山下は以前提携したフィリップスに出張してマネジメントを学んだうえに、関連企業の労働争議を沈め、事業を再建させたほどの実力者

 

幸之助から直接社長になって欲しいと要請されたとされ、3代目社長に就任しました。会社に活気を取り戻すため、「山下革命」と呼ばれる改革を実施して見事成功させ、松下幸之助の期待に応えました

 

「パナソニック」に社名変更した経緯

 

2008年(平成20年)、パナソニックは創業90周年を迎えました。このタイミングで「パナソニック」というブランド名を社名として統一しています。

 

松下電器は世界のブランド価値ランキングに不満を抱いており、松下電器がグローバル企業としてさらに躍進するための第一歩として、すでに名が知れていた海外ブランド名「パナソニック」を松下電器の新しい社名にしたとされています。

 

“Panasonic, ideas for life”

 

パナソニック「ideas for life」を目標としています。この意味は、松下幸之助が「お客さまの暮らしを(アイディアで)豊かにする。それで社会に貢献するのだ」という考えを表しているとされます。

 

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