【ちんすこうの由来・意味】3分で分かる正しい歴史

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SAITO
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こんにちは。由来系ライターのSAITOです。

 

今回のテーマは、「ちんすこう」という不思議な語感を持った沖縄のブランドお菓子です。早速由来と歴史について見ていきましょう。

 

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「ちんすこう」という名前の由来

 

ちんすこうの由来には、2つの説があります。

 

  • その1:「金(のように高価な)楚糕(すこう/お菓子)」に由来する説
  • その2:「珍(珍しい)楚糕(すこう/お菓子)」に由来する説

 

ちんすこうは現在、安価なもので一袋6個入り100円程度で購入できますが、かつては高価でまたは珍しいお菓子だったことが分かります。

 

ちんすこう誕生ヒストリー

 

ちんすこうの歴史を辿りましょう。

 

ちんすこうの「元ネタ」

 

琉球王朝時代(1429~1879)、中国から蒸しカステラに近いお菓子の製法が伝わりました。これを日本風に仕上げたお菓子が「ちんるいこう」というお菓子です。

 

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琉球王朝は貿易で栄えた王朝でした。ゆえに、海外のお菓子の製法も輸入されやすかったと考えられます。

 

当時は現在のように小麦粉がなかったので、米粉を蒸して砂糖・ラードを加え、型にして蒸して作られていたとされています。

 

1908年(明治41年)頃、ちんるいこうの味を伝えた新垣家が「蒸す」という調理方法を「釜で焼く」に変えたところ、おいしく仕上がり、現在の「ちんすこう」が誕生したといわれています。

 

ジトメちゃん
ジトメちゃん

ビスケットのようなお菓子だったみたい。

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沖縄の歴史も踏まえておくと、より理解がふかまるので、こちらの記事もどうぞ。

 

 

新垣家とちんすこう

 

ちんすこうを生み出した新垣淑規(1800~1879)は、琉球王朝に仕える包丁役(料理人)でした。

 

彼は沖縄で中国伝来のお菓子、薩摩藩(鹿児島)で日本のお菓子を学ぶと、琉球独自のお菓子を作り上げていきます。

 

しかし、お菓子とはいっても当時は貴重な原材料から調理する王家御用達の高級品。庶民が簡単に手に入れることができない代物でした。

 

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これが広く食べられるようになったのは大正~昭和頃とされています。

 

また、新垣家は一族でちんすこうの味を伝えました。

 

現在では、

 

  • 3代目の淑康が開いた『本家新垣菓子店』(創業年:1910年)
  • 4代目の淑扶が開いた『有限会社新垣菓子店/新垣ちんすこう本舗』(創業年:1932年)
  • 4代目の淑正の妻・カミが開いた『新垣カミ菓子店』(創業年:1949年)

 

・・・以上3つは有名な「ちんすこう屋さん」です。

 

ちんすこうの形の理由

 

「ちんすこう」といえば、表面が楕円形で側面がギザギザになっている形を思い浮かべるかと思います。

 

しかし、ちんすこうは元々、円形でぼってりとしたお菓子でした。

 

これを今のような形にしたのは『有限会社新垣菓子店(新垣ちんすこう本舗)』を開いた4代目の淑扶とされています。

 

淑扶は戦後、沖縄に駐屯するアメリカ軍で使用されていたクッキーの型抜きを転用してちんすこうを作りました。この時、ギザギザで楕円形の表面を持つちんすこうが完成したのです。

 

その後、沖縄が本土復帰を果たすと観光産業が発展し、ちんすこうは「沖縄のお土産」として有名なお菓子になりました。

 

こうして現在のちんすこうの形が日本に広まり、定着していったのです。

 

米粉ちんすこうの材料と作り方

 

米粉ちんすこうを作りましょう。

 

  • 米粉:50g
  • ラード:26g
  • 砂糖:25g

 

ちんすこう10個分が以下の6ステップで簡単に作れます。

 

  • 1:ラードを湯せんで溶かす
  • 2:砂糖を入れて良く混ぜる
  • 3:米粉を入れて手で固まるまで混ぜる
  • 4:固くなったら平たく伸ばして包丁で切る
  • 5:185℃で20分程度焼く
  • 6:冷蔵庫で30分冷やす

 

おいしいちんすこうの完成です。

 

 

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